- 掲示板
- 2019/01/13 17:24今時の若者、、、
そうやってくくる前に、
自分の関わり方を変えてみませんか?
彼らを育てるのはあなたです!
http://speaking-no41-diary.com/imadoki-hiyakuteki/ - 2019/01/13 21:34
- 2019/01/14 00:17
- 2019/01/14 11:23ブログ更新しました。
https://wp.me/p9RG5E-rP
新記事は、「婚活体験が無料で出来るマリッジパートナーズとは?」です。
「今年こそは結婚するぞ!」と決めたあなた、まず、婚活体験をすることですね。 - 2019/01/14 19:14ブログ更新しました♪
頑張りすぎる性格(真面目すぎる性格、と言うらしいです)の為、いつも何かと頑張りすぎて疲労困憊だった私ですが、意識変革とある事を行うおかげで気持ちに余裕が出来る程度に手を抜く事が出来るようになりました^^
今頑張りすぎてしまう方が少しでも楽になってくれると嬉しいです^^
良かったら読んでみて下さい♪
https://bunbun2525.blogspot.com/ - 2019/01/14 22:51ブログ更新しました。是非ご訪問下さい!!!
http://shoshoblog.cocolog-nifty.com/blog/ - 2019/01/15 00:15
- 2019/01/15 13:23
- 2019/01/17 14:42
- 2019/01/17 23:41
- 2019/01/19 00:24
- 2019/01/19 14:23ブログ更新しました。
https://wp.me/p9RG5E-se
新記事は、「婚活男性 気持ち悪いを感じさせる11のタイプ」です。
あなたは大丈夫?、自分は気持ち悪くないタイプなのか?
確認してみましょう。 - 2019/01/21 00:14光を受け取る側から、光源となる。
このトキ、光源となるものは、自らの未熟なのだと思います。自らの未熟にしっかりと向き合い、成長し続けることで光となっていくのです。
高い志を持つトキ、自分が素晴らしい人間になったような気分になります。そういう気分に浸り過ぎると、自分の実態が見えなくなり、高い志は幻想となり挫折することになります。今まで人類は、たくさんの理想を語ってきましたが、その多くが幻想となり、挫折しています。それは光源となる自らの未熟と向き合って来なかったからであり、放っておかれた未熟は世界に混乱をもたらしています。
尊くあろうとすると、自らの未熟はそれとは反するもののように思えます。だから切り捨てたくなります。ですが、未熟を切り捨てる行為は幻想を生み出すだけです。
尊い教えをいただき、それに自分を合わせていく。
それが光を受け取る生き方であり、今までの生き方だとしたら、
自らの未熟と向き合い、成長という光を放ち続けていく。
それが、自らが光源となるこれからの生き方です。だから僕はそんな風に生きるのです。
https://konohanafamilyeconomy.blogspot.com/2019/01/blog-post_21.html - 2019/01/21 12:05
- 2019/01/22 00:33今年に入ってからお休みさせていただいておりましたが、今日から活動再開します!
ということでブログ更新。
実はお休み期間中に時間ができたので、スマホやパソコンから一切離れた生活を4日間ほど送ってました。
【デジタルデトックスの効果は?ネット依存から一時的に脱却した結果】
https://mid-lady.com/digital-detox/
今更ではありますが、2019年も引き続きよろしくお願いします。 - 2019/01/22 08:24人がその人らしく思考し、表現することで、調和や対立が生まれる、対立や調和もその人の人柄が生み出しているもの、そして、一人ひとりの日常のいがみ合いが戦争や地球環境汚染へと繋がっている。
ジイジはこんな風に語っています。
今までの時代、人々は自らの欲望を満たすために都合のよい社会を創ってきましたが、その姿勢が一人ひとりの人間性に反映されています。そしてその人間性が、この世界に孤立や対立を出しているのです。それは天体の動きが生み出したトキの流れと言えますが、銀河の夜明けを経て、その流れは大きく変わろうとしています。
一人ひとりの人間性が、この世界に、戦争や紛争、格差や対立、環境破壊や異常気象などの混沌を生み出してきましたが、混沌は泥であり、泥をかき混ぜ、その奥に眠る調和の種を見出し育てれば、美しい蓮の花が咲きます。今、混沌という泥は極まり、泥の中から蓮の花を咲かせるトキが来ています。だから今までの自分や世界を否定するのではなく、混沌を生み出してきた人間性にメスを入れ、その奥に眠る調和の種を育てていくのです。それは一人ひとり自分の責任で出来ることです。
調和を表す蓮の花が咲くには、混沌を表す泥が必要となります。混沌という泥と向き合いかき混ぜることで、美しい蓮の花が咲き誇ります。
https://konohanafamilyeconomy.blogspot.com/2019/01/blog-post_22.html - 2019/01/22 10:14
- 2019/01/23 00:19
- 2019/01/23 01:11昨年、クローズアップ現代「”縁切り死”なぜ愛する人が突然…」を木の花ファミリーのみんなと観ましたが、誰にも分からないように死ぬ人たちは、共有できない「想い」、天から外れた「想い」を抱え、生きる意味を見失っていたのではないか、そんな風にも思えました。
ですが、それらはすべて幻想とも言えます。なぜなら、この世界に存在するものはすべて、天の流れにより生かされているのであり、そのこと自体に意味や価値はあるのです。天から外れているのは、自我から生まれる「想い」であり、その結果、生きる意味を見失っているのです。人々がそのような「想い」を抱えるのは、自分の都合を求めて、命の仕組みを無視し、欲のままに生きてきたからであり、欲を追い求めることで実態から離れ、自分を苦しめているのです。
その苦しみは、それだけの自由が与えられている証でもあります。
苦しみをカタカムナで読み解くと、「自由が維持された示しが満ちる」となります。天は人間の自我に自由を与えました。自分や世界の実態から離れた「想い」を抱え生きること。それは天が与えた自由と言えます。そして天は、それ以上離れていかないようにと苦しみを与えてくれているのです。とすれば、苦しみは天が与えた自由であり愛でもあります。苦しみと向き合い、苦しみを超えることは、自分や世界の実態へと至る道であり、そこから天との対向発生が生まれます。そのトキ、苦しみは生きる喜びへと変化していきます。
天から外れた「想い」を抱え、思い通りに進まない。
その苦しみは天が与えた自由であり愛であり幅です。その苦しみと向き合う中で、自分や世界の実態にメスを入れていく。そのトキ、自ずから、自動的に変化していく現象を味わい、楽しむこと。それがこの世界に自分が生み出された意味であり価値なのです。
https://konohanafamilyeconomy.blogspot.com/2019/01/blog-post_23.html - 2019/01/23 17:15
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